新世代のCO2
分離回収材の開発

Development of Next-Generation CO2 Capture and Separation Materials

研究の背景と必要性

大気中のCO2濃度は年々加速度的に増加しており(NOAA, USA)、人類の存続可能性に疑問を投げかけています。IEAの2021年発行のロードマップでは「2025年には世界のCO2排出は減速に転じており年間300億トン程度の排出まで減っていなければならないはず(同 p.152)」ですが、現実は、2024年には年間排出400億トン(40 gigatons)の大台を超えたことが報告されています(Energy Institute, UK, 2024)。 重要な点は、地球温暖化の主な原因が大気中のCO2の濃度上昇にあること(真鍋淑郎 2021年ノーベル物理学賞の内容、NHK)、及び、大気中のCO2濃度上昇が主に人為起源であること(IPCC AR6 WG1, Chapters 1 & 3)は科学的に証明されている点です(参考:王立協会, UK)。事実、世界の気温は着実に増加しており、特に最近数年の地球の平均気温は以前の平均気温を明らかに上回り、最高記録を更新しています(Copernicus, EU)。

このような近年の気候変動は世界規模で災害(UNEP)、飢餓(WFP)、健康被害(WHO)を引き起こしています。日本でも近年、温暖化による異常気象、気象災害が激甚化・頻発化しています(国土交通白書2022)。別の観点で、CO2濃度が1000 ppmを上回ったなら人間は集中力を保てないのではないか(知的活動に支障が出るのではないか)、といった、生物種としての根本的な問題点を指摘する論文もあります(Satish et al., 2012)。 このように、CO2の大気中濃度上昇の問題は、未来の人類の存続可能性を危うくするだけでなく、現在の我々の生活、社会の秩序や安寧にも差し迫った危険性を生じています。

この問題の解決を考えるとき、最重要の視点は「量の視点」です。上述のように、人類は現在年間約400億トンのCO2を排出しています。日本は年間約10億トンを排出しています(環境省、2025)。また、日本におけるCO2の集中排出源は1か所あたり1000万トン以上もの量を排出しています(NPO気候ネットワーク、2017 p.7)。

近年、CCU(Carbon Capture and Utilization, 二酸化炭素回収利用)の研究が活発になっています。これはカーボン・プライシング等による排出削減への経済的・社会的動機付けに応える手段として一定の意義を持つ一方、以下の三点の視座が重要と考えられます。(1)それによる排出削減量は、上記のオーダーの排出量と比べて有意義なのかどうか。代表的な基礎化学品のエチレンでさえ国内年間生産量は500万トン程度です(日経、2025年1月)。(2)再利用に用いるCO2はどこから、どうやって分離するのか。(3)各段階(CO2の分離回収、CO2の還元に使用する水素の製造、その水素を用いたCO2の還元反応)でエネルギーの投入が必要だが、それらのエネルギーは用意できるのか。つまり、気候変動問題の解決を文脈とするならば、量的な視点と全体を俯瞰的する視点が必要となります。

量的解決を期待できる代表技術がCCSであり、海外では運転が始まっています(Global CCS Institute)。国内でも2024年5月にCCS事業法が成立し(資源エネルギー庁、2024)、CCSの事業化に向けた貯留地不足の解決への取り組み活発化しています(経産省、2024)。しかし、大規模排出源からのCO2分離回収を検討する際には、「その分離回収をどうやって行うのか、分離回収にかかるエネルギーコストおよび設備コストは現実的なのか」という点が問題となります。現行技術は次に述べるアミン水溶液法ですが、これには問題があるため、その解決のために研究(本テーマの研究)が必要になっています。

従来技術の問題点、改善が望まれる点

現行技術は、アミン分子(一級アミンは-NH2)の水溶液を用いる化学吸収法(環境省資料 p.7)です。CO2分子は、溶質のアミン分子と反応し、捕獲されます。次に、CO2を脱離させるとき(再生工程)に、CO2とアミン分子との間に形成された化学結合を切るために、熱エネルギーの投入が必要になります。しかしこれだけでは済まず、液重量の大半を占める脇役の「水」をも加熱し(顕熱)、それが蒸発し水蒸気になる(潜熱)際の熱エネルギーをも投入する必要があることから、大量の熱エネルギー投入が必要になる点が、現行技術の問題点です。現在吸収液の改良は進んでいますが(COURSE50)、それは主に「アミン分子とCO2分子との間の反応熱を下げる」努力によるもので、溶媒である水の顕熱と潜熱を削減できるものではありません。反応熱を下げるアプローチには限界があり、反応速度と反応熱は相反する関係にある(COURSE50)ため、反応熱を下げすぎると、液体は気体分子の拡散が遅い媒体であるために、液とガスとの接触時間を増大させる必要が生じて経済的に許容できない設備サイズになってしまいます。

さらに、アミンの水溶液は腐食性が強い(経産省資料 p.43)ため、設備の保守点検、アミン液の交換の高頻度によるコスト増大が加わります。また、アミン分子類は生態系や健康への有害性が懸念される(環境省資料 p.5)ため、溶質であるアミン分子の環境放出を防ぐためのスクラバー設備の必要性もコスト増につながります。 事実、世界で最もエネルギーコストが低い場所の一つである米国テキサス州においてさえアミン水溶液法のコストは継続的運転を許さないほど高く(日興リサーチレビュー p.8)、その60米ドル/ton-CO2とも推定される分離コスト (Institute for Energy Economics & Financial Analysis)は日本政府の目標コスト(1,000円~2,000円台/ton-CO2、経産省資料 p.8下)に遠く及ばないという問題があります。 つまり、再生工程に要している大量の投入エネルギーの劇的な削減、液による腐食の抑制、アミン分子の気相への放出による環境汚染の回避を目指すなら、水溶液の使用をやめる必要があると言えます。

以上から、必要な改善点としては、(1)余計な熱容量(顕熱&潜熱)と低いガス拡散係数の原因である「水」を用いないこと、すなわち固体化すること、(2)高い反応速度の確保のため、固体は稠密なものではなく多孔体であること、(3)余計な熱容量と重量の原因となる担体は用いないこと、が挙げられます。(2)は、上述の「反応速度と反応熱は相反する関係にある」ジレンマの回避に必要で、多孔体でガス拡散と反応が速ければ、反応熱、すなわち再生工程におけるエネルギー投入の必要量を、副作用なく削減してゆくことが可能になってきます。

着想と狙い

本研究では、上記の諸課題を効果的に解決しうる多孔体として、下に述べる「共有結合性有機骨格(COF; Covalent Organic Framework)」を用いることを着想としています。COFは軽元素(通常、C, H, O, N)のみからなり、共有結合からなるために高い安定性をもつ、結晶性有機多孔体の比較的新しい材料カテゴリです。これはいわば「分子の幅の棒からなるジャングルジム」であり、原料分子の選択によって機能や孔径をデザインできる特長があります。我々は、COFを用いれば、そしてCOFの骨格にアミン吸着サイトを高密度で配置することができれば、無溶媒・無担体・高安定で、軽元素のみからなるため元素戦略的に有利で、多孔体なため吸脱着を高速に行いうる革新的なCO2分離回収材ができると考えています。

COFは多孔体であるため、室温付近でも高い吸脱着速度を実現しうるため(我々がそれを実証した例:Nature Commun. 2025 補足資料のp.49)、CO2を材料から脱離させる再生工程で高温を用いる必要はありません。分離回収を低温域で行えることは、多量にある廃熱を材料再生に利用できる利点に加え、熱力学に基づく原理的な利点があります(オープンキャンパス模擬講義2023、村上)。後者は、端的に言えば、(乱雑を好む=エントロピー増大が有利になる)高温で(混合状態を解除して秩序化をしようとする)ガスの成分分離をする行為には高い必要分離仕事(=必要な投入エネルギー)を課せられる、という原理です。すなわち、もしCO2の分離回収に課せられるエネルギー消費を減らしたいのであれば、なるべく低温(>室温)で分離回収を行うべきであるという原理であり、この原理に照らしても比較的低温で分離回収が行えるCOFの使用には利点があります。(※低温すぎると材料内の分子拡散や脱着速度が遅くなるので限度はあるが、もし「吸着熱が低い多孔体」があればそれは解決する。稠密な固体や液体を用いると物質移動係数が下がるので、速度確保のために高温が必要になってしまう。)

このような研究を、我々は、COFの設計・合成とその特性評価、さらにはシステムの設計と性能評価までを一貫して行い、冒頭で述べた気候変動抑止への実効性のある寄与を目指し、「大規模で量的に展開可能な、革新的な新世代のCO2分離回収材料」の創出に取り組んでいます。私たちは、従来技術の諸問題を解決した、革新的なCO2分離回収性能をもつ新型COF(2.5次元COF)を開発しました(Nature Communications 2025)。現在、産業界と協力しながら、社会実装に向けて研究開発を進めています。具体的に、大量生産を可能にする生成スケールアップ方法の開発、低コスト化、より実際に近い排気ガスでの性能評価、化学的耐久性の向上などに取り組んでいます。



関連資料:卓越したCO2分離回収性能を持つ新型多孔材を開発(本学プレスリリース, 2025)

関連資料:共有結合性有機骨格(COF)の新構造創成と卓越したCO2分離回収材の創出(ファインケミカル, 2025)

関連の科学研究費補助金(科研費)