新世代の
全固体電池材料の開発

Development of Next-Generation Solid-State Battery Materials

研究の背景と必要性

近年の太陽光発電や風力発電の普及に伴う変動性再エネの急増は、以前では考えられなかった出力制御(需要側で消費しきれないため、再エネ電源から系統への接続をやめること)の頻発を引き起こしています(日経、2024年4月)。これは、再エネの浪費に繋がることに加え、電力取引市場での大きな価格変動を生じ(経産省資料、電力・ガス取引監視等委員会、2024年4月 p.12)、米国・欧州・豪州では再エネの拡大が負の電力市場価格(=お金を払って電力を引き取ってもらうこと)さえ生じています(日経、2024年7月)。この問題に対しては、二次電池を用いて発電場所で蓄電し、需給を時間軸でシフトして調整することが有効な解決策となります。

また、再エネの利用促進、CO2排出削減の意図と、利用場所での環境対策(排ガス・騒音等の削減)のために、近年、モビリティ(移動体、自動車、航空機など)の電動化が進んでいます。ドローンもモビリティの一種と言えるでしょう。このような目的では、二次電池には(航続距離の最大化のために)軽量で高いエネルギー密度をもつこと、そして、(人命に関わることから)様々な外乱に対して高い安全性をもつことが、本質的に求められます。

しかし、現行の二次電池の大半は有機溶媒を電解液に用いるため、発火の危険が高まります。これは、有機溶媒は一般に80~200℃付近に沸点をもち、気化しやすく、空気と混合すると可燃性ガスとなるためです(電中研/電気新聞)。このため、時折、携帯電子機器(Forbes、2023年3月)、蓄電施設(MIT Tech Review日本語版、2025年2月経産省資料、2024年9月横浜市、2023年12月PV Magazine, 2023年9月Korea Times, 2018年12月)、自動車(MIT Tech Review日本語版、2025年3月東洋経済、2024年11月日テレNews、2024年8月日経クロステック、2021年9月)、航空機(ロイター、2014年2月)などで重篤な発火事故が発生しています。

この解決として有望視されているのが、電解液を固体化し、「沸点の存在、高い蒸気圧、可燃性混合気の形成可能性」を排除できる固体二次電池(全固体電池)であり(電中研/電気新聞)、この分野は熾烈な研究開発競争が行われています。しかし、次に述べるように、現在研究開発が進む全固体電池にも問題があります。その背景として、これまでの研究開発のほとんどの努力は「無機系」に集中しており、無機系では材料探索が周期表の範囲に限られる(例:菅野、加藤、NatureAsia.com, 2016)という制約が存在する一方、事実上無限の設計自由度をもつ「有機系」に対しては限られた研究開発努力しか払われてきませんでした。我々は、探索の進んでいない有機系を用いることが、後述の着想と合わせたとき、現行の無機系全固体電池の諸問題を解決し、軽量と高性能を達成するために有効と考えるため、本テーマの研究が必要と考えています。

従来技術の問題点、改善が望まれる点

現在、全固体二次電池(特に全固体リチウムイオン二次電池)の固体電解質に使用される材料は無機系であり、大まかに「硫化物系」と「酸化物系」に大別されます(電中研/電気新聞産総研マガジン)。全固体電池一般に言えることとして、電解質が無機固体で変形自由度が低いために、充放電に伴い活物質が膨張・収縮を繰り返すうちに、(本来は密着していなければならない)電解質・電極・活物資の間の界面が剥離し、これらの間の接触が失われやすい点が課題となっています(Chem. Rev., 2020電中研/電気新聞産総研マガジン)。硫化物系は酸化物系より柔らかいため、セルの膨張を拘束する加圧を行うことで界面剥離を軽減できますが(電中研/電気新聞)、そのような拘束容器は電池重量の増大に繋がります(産総研マガジン)。

現在、大容量が必要な車載用等で応用検討が進む種別は、固体電解質が(酸化物系と比べて)比較的柔軟で高いイオン伝導度が得られる硫化物系のようです。この技術分野は日本がリードしており、例えば出光興産とトヨタ自動車は協業して量産の実現を目指しています(トヨタ自動車、2023年10月)。この硫化物系固体電解質は石油製品の製造過程で発生する硫黄成分から製造されるもので()、大規模生産の可能性をもつものです。硫化物系であるために割れにくいと言われています()。 しかし、硫化物系の固体電解質には、空気中の水分と触れると、低濃度でも毒性の強い硫化水素を発生するという難点があります(電中研/電気新聞産総研マガジン電気新聞、2022年4月)。また、製造工程での除湿管理を厳密に行う必要があることがコスト増大の要因となっています(JST低炭素社会戦略センター提案書、2020年3月 p.11 )。

この欠点を回避できる酸化物系固体電解質は小型の低容量電池で実用化されていますが、一般に室温付近ではイオン伝導度が低いこと、また、材料粒子の柔軟性が乏しい(=硬く脆い)ために高温でプレス焼結する必要があること( p.16)、また、脆さに由来する体積の膨張・収縮への追従性の低さが課題となります。そして、ドローンなどの用途には安全性に加えて軽量性も求められることになり、上述の界面剥離を抑制するための拘束容器の重量削減も重要となってきます。

有意な改善が行える一方策としては、電中研/電気新聞の記事が指摘するように、「電極活物質の体積変化に追随できるように固体電解質を軟化させる」ことがあるでしょう。しかし、無機材料は一般に硬く脆いものであり、ここに難しさの根本があります。ポリマーやプラスチックに代表される「有機系」に移行すれば、柔軟性の問題は解決できるはずです。しかし、既存の固体リチウムポリマー電池は、電解質である稠密なポリマーのイオン伝導度が低く、輸率(起こるイオン伝導のうちリチウムイオンが担う伝導の割合、無機系電解質では通常1)が一般に低いこと(日本触媒、2020年2月)が難点となっています。

着想と狙い

本研究では、上述の諸課題を解決するために、次の3点を満たす新しい固体電解質を開発することを狙いとしています。(1)柔軟性をもち、材料設計の自由度が高い「有機系」であること、(2)その材料は稠密ではなく、高いイオン伝導度を狙える(少なくとも伝導イオンより大きな微細孔をもつ)規則正しい結晶性の多孔体であること、(3)その材料は正負一方のみのイオン(=単一イオン伝導性、リチウムイオン利用の場合は陽イオンのみ)を伝導し、輸率=1を達成できること。

これらの要求条件を満足しうる材料系として、本研究では、後述の「共有結合性有機骨格(COF; Covalent Organic Framework)」を用いることを着想としています。COFは結晶性の多孔体ポリマーであり、高い自由度で構造と性質をデザイン可能な、近年注目を集めつつある新しい有機材料のカテゴリです。上記(3)の条件は、ビルディングブロック分子に塩分子を用いることで骨格全体をイオン化し、その反対符号のイオンの輸送選択性をもたせたCOFを使用することで達成可能です。実際、幾つかの先行研究はそのような狙いのCOFの合成を報告していますが、結晶性は大変低く、電子顕微鏡で見ても不定形なのが現状です(例1:ACS Energy Lett, 2020 p. 22;例2:Nano Lett, 2021 p. 8)。結晶性が低いと、少なくとも上述の目的(全固体電池の電解質への応用)には次のような支障が生じます。例えば、単一イオンのみが伝導できるCOFのミクロ孔内は「高速道路」のようなものと見なせます。さらに例えば、高速道路の区間が100メートルおきに終わって、料金所があり、ゆっくり走行する下道が暫く続いて、また長さ100メートルの高速道路が始まる・・・のような行程では、あまり高速道路の利点が活かせないと言えます。せめて一つの高速道路区間の長さは数十キロメートルはあってほしいものです。今の例えでは「高速道路区間の長さ」が単結晶の粒界サイズにあたり、結晶性を高めることは、結晶粒のサイズとそこの通行のし易さ(伝導度)とを高めることになります。

このような従来研究の低い結晶性の理由としては、COFが安定性の高い(=結合エネルギーの高い)共有結合によって構築されることが根底にあります(COFの分野では、これはcrystallization problemと呼ばれています)。一方、私たちは、これまでの努力を通じて高い結晶性をもつCOFを生成するノウハウを集積してきています。特に、結晶性の高いCOFの生成技術と構造解析技術は世界トップレベルにあると考えています。なお、COFの骨格はしばしばパンタグラフのように変形しうるため大変形への追従性がよく(例:我々の論文、JACS 2024 補足資料のp.27)、さらに低密度(0.5 g/cm3程度以下)なCOFにおいてはスポンジのような機械的柔軟性を持たせることもできます(我々の論文、JACS 2025 補足資料のp.27)。

上記の(1)~(3)を満たすCOFはビルディングブロック分子の選択によって可能なはずであり、現状それが未達成なのはそれを「高い結晶性で」生成することが出来ていないためです。我々は、結晶サイズが数十μm程度のCOFが生成できれば、上の例えの「一区間の長さが数十キロメートルある高速道路」を形成でき、界面間接続の部分(下道の部分)だけ輸率を妥協した柔軟な有機材料を用いれば、全体として上記の目的を達成できると考えています。 また、我々は、より挑戦的な試みとして、そのようなCOF結晶の膜化も狙っています。 そして、それが実現された暁には、ゲームチェンジングな革新的材料となることが期待され、冒頭に述べた現行方式のもつ諸問題を解決するとともに、蓄電の適用範囲を拡大することが期待されます。
(補足:有機系でも自身が分解されないために酸化還元耐性を上げる必要がありますが、有機物は一般にその酸化状態(還元状態)を増すことで酸化耐性(還元耐性)を高めることが可能です。COFの特長の一つは、多孔体であることにより、COFの形成後に後処理によって骨格全体の酸化や還元を行いうる点です。)



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